たけぽんの紹介① 小学校~大学編

社長

はじめまして!

今年9月に社長になるたけぽんです。

社長ってすげーと思う方いると思いますが、実は誰でも簡単になれます

実は私もたいした人間では無いし頭も良くありません。

いたって普通の私がどのように起業して運営していくのかを書くことで、起業に興味ある人に少しでも参考なり、そして勇気を与えられ、これを機に起業を志してくれれば良いなと思い書いていきます。

まずはそんな私の紹介をしたいと思います!

学生時代は?

サッカー、ゲーム、競馬、阪神の小学校時代

小学校時代に一番やっていたのはサッカーとゲームですね。

サッカーは3年生から始めましたが、休みもせずよく練習に行ってました(笑)。

なぜサッカーを始めたのかというと、その時の担任が監督をしており、家庭訪問の時に私の親に営業活動をしていつのまにか練習に行くことになっていたからです。

私はその時、既に阪神タイガースファンで野球をやりたかったのですが・・・

ゲームは小学校に上がる前からやっていましたね。

幼稚園の時に親がクリスマスプレゼントでスーパーファミコンを買ってきてくれたのとマリオのCMは今でも鮮明に覚えています(笑)

マリオカートやドラクエやファイナルファンタジー、競馬ゲームのダビスタはよくやりました。

ダビスタの影響で小学校3年生にもかかわらず日曜日の15時からは競馬をテレビで見るという 生活でした。

私と同じ年でリアルタイムでナリタブライアンのダービーを見ている人はほぼいないと思います(笑)。

野球は小学校低学年から見るようになってました。

なぜか関東に住んでるのに阪神ファンです(笑)。

当時は暗黒時代と呼ばれ一番弱い時期でした・・・・

私が阪神が負けてもそれほど悔しくないのはこの時期に鍛えられたからかもしれません(笑)。

サッカーの中学時代

中学の部活は野球をしたいと思っていました。

しかし、小学校時代にキャプテンだったこともあり、上手だと勘違いした監督からのごり押しで泣く泣くサッカー部に入部。(キャプテンになったのはじゃんけんで負けた為)

休みは月曜で平日は練習、土日は試合とほぼサッカー漬けの日々でした・・・

経験者ということもありレギュラーだったのですが、最後の大会で補欠に。真夏の炎天下の試合に出なくて済む!!と歓喜したことを今でも覚えています(笑)。

サッカーが終わると高校受験が始まります。友達の親同士で勝手に決められたようで、いつの間にか塾に行くことになり、週に3日塾に行きました。

まあ友達も沢山通っていて遊びに行っている感覚でしたから苦痛ではなかったです。

真面目に勉強もしなかったので、第一志望の高専に落ち、普通の公立高校に入学することになりました。

遊びの高校時代

今から考えると何していたんだという感じの高校時代でした。

部活は念願だった(笑)野球部に入りましたが、軟式ということもあり人数が足りません。

3年生が引退すると2年生が0人なのでいきなり1年生の時代になりました。

ただ、一年生は9人で内未経験者が私を含め5人なので当分試合も出来ません。

次第に辞める人が出て私も2カ月ほどで行かなくなりました。結局残ったのは1人でした(笑)。

部活を辞めてからは学校から帰ると家でゲームか友達の家でゲームという生活でほぼゲームです。当時はPS2が流行っていました。

映像が格段に良くなってよりリアルになったので、サッカーゲームのウイニングイレブンが面白い!友達の家で延々と対戦を繰り返していました。

この影響もあり、海外サッカーの凄さを知ることになりました。

当時はジダン、フィーゴ、ロナウドといった選手が活躍していました。

ちょうど日韓ワールドカップの時代ですね。

3年生の時に阪神タイガーズが18年ぶりに優勝しました!言うの忘れてましたが私の誕生日は1985年で阪神が優勝した年でもあります(笑)。

関東では巨人戦しか放送が無いので、基本的にはラジオで聞いてました。

MBSラジオがアンテナの感度を良くするとギリギリ聞けたので四苦八苦しながら聞いていたのを覚えています。

MBSタイガースナイターには感謝してます!

大学受験はというと母子家庭だったので国立か公立しか選択肢は無いなと思い、地元の公立大学へ行ければ良いな、落ちたら就職しようと思っていました。

理系科目はそこそこなのですが、国語という科目の意味が分からず模試では偏差値30代を叩き出したこともありました(笑)。

結局、勉強をあまりしなかったので落ちました。

就職活動をすると親に言ったら奨学金使うなら大学に行って良いよということで、念のためセンター利用で受けていた偏差値40代の三流私立大学に行くことにしました。

センター利用なのでその大学に行ったことも見たこともない状態です。まさかそんな大学に入学することになるとは(笑)。

バイトと遊びの大学時代

三流大学に入学して一番びっくりしたのは授業内容です。

入学当初の数学や英語は中学レベルの内容で、それでもまともに理解していない学生が多く、さすがの私でも学年順位はトップレベル・・・

とんでもない世界に来てしまったと愕然としたと同時に4年間勉強しなくても大丈夫じゃね?と歓喜したのを覚えています(笑)。

勉強は全くせず、すぐにバイトを始めました。

最初は運送業者での仕分けの仕事でしたが、重い荷物もあるので結構疲れるということでコンビニに変えました。

結局大学院までこのバイトを続けましたが、深夜で一人シフトなので自由で好き勝手やってました。

バックヤードに友達を入れたり、廃棄を根こそぎ貰ったり。

大晦日は客も来ないので新年会と称して友達10人くらい呼んで廃棄を食い漁りどんちゃん騒ぎしたのは良い思い出です。

2年生になり大学生活も落ち着いてきましたが、この年はなんと阪神タイガースが2年ぶりに優勝するという快挙がありました。

あの弱かった阪神がこの時期くらいから強くなっていきました。

この時の優勝翌日の新聞の日刊、スポニチ、報知、東京中日は今でも大切に保管しています(笑)

バイトで貯めたお金で一番最初にした大きな買い物はパソコンです。

DELLのノート型15.4インチで15万円くらいしました。

買った理由は友人がファミコンやスーパーファミコンが無料で出来ると言っていたからです。

実際に買ってみたらパソコンなんてほとんど使ったことが無いので全く使い方がわからない(笑)。

違法コピーとか違法ダウンロード類の本を買って内容通りにインストールやダウンロードをしているうちになんとなく使い方がわかって行きましたね。

使い方も慣れた3年生の時にオンライン野球ゲームのファミスタが登場。

始める前はオンラインって何?だったが、やってみると見知らぬ人とネット上で対戦ができ、オンラインすげー!!と感激。

4年間くらいはまり毎日試合をしていました。

このファミスタでは課金の凄さも知りました。

レア選手となると数十万円で取引されるなどネット上のデーターにこれほどまでのお金を出す人がいるのかと衝撃を受けました。

大学3年生の冬になり、そろそろ就職活動という時期に。

当時は4年生になる前から就職活動をすることが当たり前で早い人は3年生の内に内定を決めてしまう人もいました。

私は正直もっと遊びたいと思っていたし、会社に入ったら奴隷のように一生会社の為に長時間労働をさせられると本気で思っていました。

なので少しでも良い会社を探そうと1月から就職活動を開始しました。

しかし三流大学。

エントリーシートでばんばん弾かれる。私は思いました「無理!」だと。

そうしている内に4月になり焦り始める・・・

そしたら、兄が大学院の選び方という本をくれました。(捨てたのでタイトルはあいまいです)

そう私には兄がいるのです!

兄は高専から国立大行き、大学院行っていました。

そこで初めて「そうだ大学院がある!!大学院へ行けばまだ遊べる!!」と気付いたのです(笑)。

しかし、今まで本というものは小学校の読書感想文でつまらない小説を読んだくらいで全く読む習慣が無かったし興味もなかった。中学校時代にも強制的に読まされたが苦痛でしかなく20ページくらいで断念していました。

「本を読むのか~嫌だな~」でも遊ぶためには仕方ない!と読み始めました。

すると以外にもするする読める。数時間でいとも簡単に読破!

この時は何でかわからないけどラッキー!くらいにしか思わなかったが、今考えると本を理解出来る読解力がいつの間にか備わっていたんだと思います。

そして4年生の夏に同じ大学の大学院に推薦で合格。無事に大学院へ行くことになりました。(同じ大学にした理由は、推薦で簡単に大学院へ進めた為。)

初めての投稿ですが、思った以上にながくなりました(笑)

長くなったので今回はここで終わります!

有難うございました~

続きはこちら!

たけぽんの紹介② 大学院~就職編

2017.08.29







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